いつもの昼下がり、いつもの喫茶店。

いつものシュチュエーションで、いつもの面子がいつものように、いつものセリフを繰り返している。

「蛮ちゃん、お腹減ったねぇ」

「うるせぇ。やいポール、なんか食わせろ」

「ツケ払ったらな」

「・・・お金ないねぇ」

そうしているうちに、カランカランと、ドアに取り付けられたベルが鳴った。

「銀次さん、来てますか？」

遠慮がちにドアを開けた美人は、いつものカウンター席でたれている銀次を見つけ、にこりと笑った。

「わ〜い、カヅっちゃんだ〜」

たれたまま、バンザイをする銀次の隣に座り、花月は珍しく持った大きなトートバッグをカウンターに乗せ、ブレンドを注文した。

「銀次さんに、いいもの持ってきたんです」

「んだぁ、食いもんか？」

銀次を挟んだ反対側から、その相棒が声をかけるが、花月は全く無視して言った。

「デパートで、製菓用のブロックチョコが安売りしてたんです。昨日、バレンタインだったんですね。」

そしてトートバッグから、大きな紙包みを取り出して見せた。

「少し買いすぎてしまったので、おすそ分けです」

そうして、その中から出てきたのは。

大きな茶色のブロックだった。

「わーい、チョコレートぉ」

「・・・・・・」

「・・・・・・・」

「・・・・・・・・」

ホンキートンクの店員と常連は、その場で言葉を失った。

ブロックチョコだ。

塊(ブロック)なチョコレートという意味でなら、たしかにそれはブロックチョコだ。

たとえそれが、コンクリートブロック大であっても、チョコレートでできていれば、ブロックチョコだ。

たぶん。

「食べていいの？カヅっちゃん」

「はい。どうぞ、銀次さん」

「いっただっきま〜す」

たれ銀は、自分とそう変わらない大きさの茶色いブロックを、あっという間に胃の中に収めてしまった。

体積が変わらないのは何故だ。

「もうひとつ、食べますか？」

「ホント？いいの？」

再び出てきた紙包みからは、やはり同じ大きさの物体が出てきて、銀次は屈託なく、それにまた、かぶりついた。

「・・・・あ、蛮ちゃん、蛮ちゃんも食べる？」

半分ほどまでぺろりと食べてから、そう言って自分を振り返る相棒を、蛮はかなりイヤな思いで見やった。

腹は減っている。

でも。

ブロック食う気にはなれねぇ。

ていうか、見てるだけで胸やけが・・・

「いや、いい」

「？」

ひとつ首を傾げた銀次は、でもまたすぐに、チョコレートに夢中になる。

その銀次の向こうで、花月がブレンドのカップを持ったまま、勝ち誇ったように笑っていたが、腹立てる気力も失せて、蛮はそのままカウンターに突っ伏した。

オレか。オレ対策でこの馬鹿デカいチョコか？！

「もうひとついかがですか？」

「うん！」

「こっちは、ミルクチョコなんです」

「ほんとだ！」

結局、花月のバッグからは５つのブロックが出てきて、銀次はそれを全部食べてしまった。

「あ〜おいしかったぁ」

「そう言っていただけると、持ってきたかいがありました」

そう言って笑った花月は、散らかった包み紙をたたんで、空のバッグに押し込んだ。

「では、失礼します・・・・銀次さん、また」

「うん、ありがとう、カヅっちゃん！」

コーヒー代を払い、颯爽と去っていく後ろ姿を見送って、残された常識人たちは、やっと口を開くことができた。

「あんなの普通、売ってないよな」

「売ってません絶対。あたしも手作りしましたもん」

「わ、私も見たことないです」

「手作りか・・・手作りチョコなのか・・・・・」

そんな可愛らしい響きとは、全く無縁の物体を食い尽くした銀次は、久々の満腹にご満悦で。やっと腹が立ってきた蛮に、思い切り殴られるはめになった。

「んあ〜、なんで殴んの〜」

「うるせぇ！！」

「銀次さん、放っておくと本当に餓死しかねないからな・・・・」

喫茶店のドアを振り返り、ぽつりと呟いた花月は、もう次のイベントに向けて、頭をめぐらせていた。

もちろん、美堂対策を中心に。